「お医者さん」ってどんな職業だと思いますか?
辞書を引くと「病気や傷の診察、治療を職業とする人」って書いてあります。
僕はお医者さんというのは、言葉を変えると「頭と手を使って、みんなのお世話をする職人さん」だと思っています。
じゃあ職人さんってなんでしょう?辞書を引くと「優れた専門技術を持ち、物を作り上げる人」となっています。昨日、職人になったばかりの新人から、50年やっている名人と言われる人まで、本物の職人さんは、毎日、毎日、練習して、勉強して、考えて、昨日より今日、今日より明日のほうが上手くなるぞ、って思って仕事をしています。
病気は、その10%くらいしかわかっていません。でも、その10%も、今までのお医者さんが一生懸命頑張って解明してきました。
お医者さんの仕事って、毎日毎日、昨日わからなかったことが、今日はわかるようにしよう。昨日、できなかったことが、今日はできるようにしよう、っていうのが基本です。
山中伸弥(やまなか しんや)先生を、皆さん知っていますか?
IPS細胞の発見によって2012年にノーベル生理学・医学賞を受賞したお医者さんです。山中先生は、米国留学中に「留学先の教授から研究者としての秘訣を伝授された」と本に書いておられます。それは『VW』だそうです。フォルクス・ワーゲンではありません。「Vision & Work Hard」。目標を持って、懸命に努力すること。山中先生はIPS細胞の基礎となる研究を始めてから、毎日毎日頑張って、成功するまでに20年以上かかっています。
本庶 佑(ほんじょ たすく)先生は、今年のノーベル生理学・医学賞を受賞した先生です。ノーベル賞受賞のインタビューの中で、本庶先生の言葉で、一番心に残ることは、「有名な論文とかに書いてあることを信じない。自分の目で確信ができるまでやる。つまり自分の頭で考えて、納得できるまでやる。ということです」という言葉です。本庶先生の研究も、始めてから成功するまでに20年以上かかっています。
僕の父は、92歳ですが、現役で「お医者さん」をしています。父は、横浜生まれ横浜育ちです。最初の2人は研究をするお医者さんでしたが、父は患者さんを直接診る「お医者さん」です。小学校は、横浜の精華小学校です。来年で、創立100年だそうです。父はその小学校で教えられた言葉をとても大切にしてきました。その言葉は、「人のお世話にならぬよう 人のお世話ができるよう」。
父は、この言葉のような人になろうって思ったと言っていました。少なからず、この言葉は「お医者さんの原点」だなって思っています。
みんなの笑顔がもらえるよ
僕が38年医者をやってきて「医者って一言で言うとどんな仕事ですか」って聞かれたら「直接、一人一人の、みんなの笑顔をもらえる仕事だよ」って答えています。特に、僕は小児科なので、色々なお医者さんの中でも、得をしています。僕がもらえる笑顔は「子どもたちの笑顔」です。大人の笑顔も悪くないけど、子供たちの笑顔の方が、素敵だと思いませんか?
子供たちからは、笑顔や元気やエネルギーももらえるので、毎日診療しながら「小児科は得だな」って思っています。
聴診器で何が分かるんだろう?
聴診器の患者さんの体に直接当てる部分は、裏と表があります。どっちが表でもどっちが裏でも構いません。何故、裏と表があるんでしょうか?
それは、聞こえる音が違うからです。「ベル型」は、低い音を聞くときに使います。「膜型」は、高い音を聞くときに使います。もちろんどちらでも音は聞こえるますが、とても低い音は「ベル型」で聴かないとわかりません。すごく高い音は「膜型」で聴かないとわかりません。だから、診察するときに、何を聞くか、どこを聞くかによって「ベル型」で聴いたり「膜型」で聴いたりします。
聴診器では胸と背中を聴くことが多いですよね。もちろん、お腹も聴くし頭も、首も、腕も、聴きますが、やっぱり胸と背中が多いです。胸の中には何があるのかというと、肺と心臓です。肺の音と心臓の音は、別々に聞きます。
肺の音ってどんな音
肺を聴くときは、息を吸ってる時の音と吐いた時の音を聴きます。呼吸をするとき、空気は鼻と口から入って、気管、気管支に入って肺の中まで届きます。肺で空気の中の酸素を貰って、二酸化炭素を吐き出します。息を吐き出すときは、空気は肺から気管支、気管、口と鼻に行って、体の外に出ます。
この空気の流れを聴診器で聴いて、病気の診断をします。
では、肺の音を聞くときに何で右左、上下、前後を聞くのか、分かりますか?
肺は一つの大きな袋ではなくて右は3つ、左は2つに分かれています。それぞれは独立しているので、場所を変えて聴かないとそれぞれの部分の病気は分かりません。では、なぜ背中も聴くのでしょう。
肺を横から見ると、体の前側(胸)にかかっていない部分が沢山あります。この部分は前から聞いても分からないので、背中も聴くことが大切です。
心臓から聞こえる音
心臓の音を聞くときは、大きく2つの音を聞きます。一つは心音、もう一つは心雑音。心音と心雑音は別ものです。だから、心音そして心雑音とを別々に分けて聞きます。
心臓は4つの部屋があります。その部屋に大きな血管がついています。そして上の部屋と下の部屋の間には弁があります。下の部屋と大きな血管の間にも弁があります。弁の役目は、血液が逆流するのを防ぐことです。
心音ってどんな音
弁は血液が通るときは開いて、通り切ったら逆流しないように閉まります。みんなが部屋に入るときは、ドアを開けて入りますね。そして、入ったらドアを閉めます。この時に「ばたん」って音がします。この「ばたん」という音が、心音です。弁が閉まる音です。心臓は「どっくん、どっくん」と音がしますね。「どっ」と「くん」と2つあります。上と下の部屋の間の弁が閉まるときに音が「どっ」で、下の部屋と血管の間の弁が閉まるときの音が「くん」に当たります。この閉まる音は、音の大きさ、それぞれが閉まるまでの時間が決まっているので「音の大きさが普通より大きい、小さい」「閉まる時間が普通より早い、遅い」で病気が分かります。勢いよく閉まると大きな音がするし、入ってくる血液の量が多いと、閉まるのに時間がかかるのです。面白いですね。心音を聴くだけで診断できる病気もあります。
心雑音はどうやって生まれるか
次は「心雑音」です。「雑音」というのは、「雑な音」だからうるさい音です。水道の水を出したときに、普通に出したらあまりうるさくないですね。でも、蛇口をいっぱいひねってたくさん出したら、ジャージャーとうるさい音がしますね。
これは、水、液体粒子の流れの、層流と乱流の違いです。層流は、水や液体が規則正しくみんな一緒の方向に流れています。乱流は、あっちこっちの方向に流れて、渦を巻いています。粒子が乱れると大きな音が出ます。
だから「心雑音」というのは、「心臓の中の水、つまり血液の流れ方に乱れがある」と聞こえてきます。」
心臓の中の血液の流れ
全身から集まった静脈血は、右の上の部屋に入ります。そして、右下の部屋に行って、大きな血管(肺動脈)を通って左右の肺に行きます。肺で酸素を貰って、左の上の部屋に帰ってきます。そして下の部屋に行って、体に酸素を供給するために全身に回ります。これが正常な血液の流れです。この流れと違う場合、例えば、逆戻りするとか横道にそれるとかすると、乱流つまり渦を巻くような流れになるので、雑音が聞こえてきます。
音は高い所から落ちるときと低いところから落ちるときを較べると、当然、高い所から落ちたときの方が大きな音がしますね。言い換えると、エネルギーの差、圧の差が大きいと大きな音がします。それと、流れる水や血液の量が多いときの方が、大きな音がします。
まとめると、血液が流れる方向に乱れが生じると、乱流になって雑音が生まれます。その大きさは高さと圧の差が大きいほど、大きな音になります。そして、流れる量が多いときも大きな音になります。
心音と心雑音の組み合わせで、心臓の病気はよりハッキリと診断できます。僕が、アメリカ留学していた時の師匠から「いろいろ新しい機械はあるけど、聴診とレントゲンと心電図で8割わからなければだめだ」と教わりました。
「まとめ」
今日のお話しのまとめをします。みんなに覚えておいてほしいことは3つです。
- ひとのお世話にならぬよう 人のお世話ができるよう これはお医者さんの原点です。
- お医者さんの仕事って、「みんなの笑顔」がもらえる仕事です
- 聴診器を使って、心音と心雑音を聴きわけます。それだけでいろいろな病気がわかります。
お医者さんというのは「人のお世話ができる、とっても誇らしくて、そして楽しい仕事です」みんなも、将来どんな仕事をしたいかって考えたときに、ちょっと思い出してください。